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ドイツ語の語順になじめません[6] ~ 中国語、韓国語と比べると

参考までにアジア言語の訳も載せてみます。


***中国語

叔叔当時是以什么様的心情読这个封信呢
(シュシュタンシイシェメヤンテシンチントゥチェカフェンシンナ)

これは、

「叔叔(おじさん)当時(そのとき)是(*)以什么様的心情(どんな気持ちで)読(読んだのだろう)这个(この)封信(手紙を)呢」

という文なので、日本語原文の「おじさんはこの手紙をどんな気持ちで読んだんだろう... 」にけっこう近いです。

中国語は動詞が二番目に来ることから、文法は英語に近いとよく言われます。でも個人的には、英語と似ているのは「動詞が二番目に来る」というだけで、それ以外の文の組み立ての考え方は、日本語に近いところが多いと思います。

*** ハングル(韓国語)

삼촌은 이 편지를 어떤 심정으로 읽었을까

これは「삼촌(おじさん)은(は) 이(この) 편지(手紙)를(を) 어떤(どんな) 심정(気持ち)으로(で) 읽었을까(読んだのだろう)」という文なので、語順も単語も日本語にほぼ一対一対応しています。やっぱりハングルと日本語は共通点が多いです。

ちなみにGoogle翻訳に「おじさんはこの手紙をどんな気持ちで読んだんだろう」を入力すると、「아저씨 는 이 편지를 어떤 마음으로 읽었 겠지」と出ます。先ほどのハングル文と単語は8割がた同じ。語構造や語順はまったく同じです。ハングルと日本語の機械翻訳はさぞラクなことでしょう。そして同様に、英語とフランス語の機械翻訳もきっとラクなのでしょう。

 

定動詞第二位の法則ってなぜあるんでしょうか?

ドイツ語の定動詞第二位の法則というのは、なぜあるのでしょうか。定動詞が文の二番目に来ると、何が便利なことがあるのでしょうか。およそ言語というのはどんなに不合理なことに見えても話者にとって何かの好都合があるからそうなっているのだと思います。では定動詞第二位の好都合は何?

もう一つ困るのが、いつでも定動詞が第二位ならそれはそれで慣れれば良いのですが、「従属文ではそうはならない」というのが困ります。つまり語順が不規則に規則正しくなるわけで、それならロシア語やラテン語のように「語順は自由」という方がかえってラクです。

ドイツ語の語順になじめません[5] ~ 単語数も多い

以上、各国語を見てみましたが、やっぱりドイツ語の語順のややこしさが際立っています。その上、ドイツ語は単語数が多い。

「おじさんはこの手紙をどんな気持ちで読んだんだろう」の訳をもう一度並べてみます。

- ドイツ語 → 8語:Wie muss sich Onkel Nobuhiro wohl gefuhlt haben
- 英語   → 5語:I wonder how he felt
- フランス語→ 5語:Qu'a pu ressentir oncle Nobu (Que a と分けると6語)
- スペイン語→ 5語:Como se sentiria mi tio
- イタリア語→ 6語:Chissa cosa ha provato lo zio
- ロシア語 → 5語:что же чувствовал мой дядя
- ポーランド語→7語:probuje sobie wyobrazic, co musial czuc wujek,

ドイツ語の単語数の多さが際立っています。単語は多いし、語順はややこしい。ドイツ語はわたしにとってはけっこう手強いヨーロッパ言語です(でも好きですが)。

ドイツ語の語順になじめません[4] ~ ロシア語、ポーランド語と比べると

*** ロシア語

что         же     чувствовал мой  дядя     (когда читал это)?
<what><really>     <felt>    <my><uncle> <when read this>

翻訳のせいもありますが、「まったく普通」という印象が強いです。

*** ポーランド

probuje sobie     wyobrazic,     co     musial    czuc   wujek, (kiedy to czytal)...
<i try>  <myself> <imagine>,<what><had to><feel><uncle><when this read>

ロシア語より複雑だが、語順はまあ普通。

 

ドイツ語の語順になじめません[3] ~ スペイン語、イタリア語と比べると

 

*** スペイン語
Como    se        sentiria mi     tio         (al leer esa carta)?
<How><himself><felt> <my><uncle><to readthis letter>

スペイン語でも再帰動詞は多用されますが、このse sentiriaのように必ずセットでくっついています。いや、くっつくのが普通だと思うんですが。英語だってfeel yourself とかexpress yourself とかが互いに離れることは考えにくい。
(ちなみにsetiria はsentirの過去未来形なので正確にはwould feelの意味)。
*** イタリア語
Chissa            cosa     ha      provato         lo         zio     quando ha letto questa lettera
<who knows><what><has><provocated><the><uncle><whne he has read this leter>

ちょっとレトリカルな言い方ですが、しかし左から右にすらすら読み下せる。そうドイツ語はこの「左から右にすらすら読む」というのがやりにくいです。もちろん私のドイツ語力が低いことが理由ですが、しかし相対的にやっぱりドイツ語の語順は難解だと思うのですが…

ドイツ語の語順になじめません[2] ~ 英語、フランス語と比べて見る


参考までにバクマンの同じ箇所を他の言語で見てみます。

*** 英語:
I wonder how he felt (when he was reading this)

なんということもない、普通の語順、語構成に思えます。

*** フランス語:
Qu'a                 pu   ressentir oncle    Nobu          (en lisant cette lettre)?
<How><has><can><felt>    <uncle><Nobuhiro><in reading this letter>

pu<英語のcan)を使うんだね、へーと思いました。語順自体は普通だと思います。セット単語が引き離されている印象はないです。

ドイツ語の語順になじめません[1] ~ どうしてセット単語をわざわざ引き離すのでしょうか?

最近ドイツ語を勉強していますが未だに語順の感覚になじめません。

たとえば漫画「バクマン」1巻125頁の「おじさんはこの手紙をどんな気持ちで読んだんだろう...」というセリフのドイツ語訳。

Wie muss sich Onkel Nobuhiro wohl gefuhlt haben, als er diesen Brief gelesen hat...?
(ドイツ語直訳:ノブヒロおじさんはこの手紙を読んだとき、どんなふうに感じたはずなのだろうか? )

けっこう謎のなのがsich (英語ではoneself)がほぼ文頭に来ていることです。このドイツ語を無理矢理英語対応させると次のようになります。

Wie muss sich Onkel Nobuhiro wohl gefuhlt haben
<How><must><himself><uncle><Nobuhiro><wholly><felt> <has>?

辞書によれば、sich fuhlen <feel oneself> で「~の状態だと感じる」とのことで、これはセットのことばのようですが、なぜsichとgefuhlt <fuhlen>をこんなに引き離すのでしょうか。

で、どうしてgefulh haben muss (must have felt>ではmussとgefuhlt haben をほとんど文頭の文末ぐらいに引き離すのでしょうか。定動詞第二位の法則と言われれば何も言えませんが…

とにかくドイツ語というのは分離動詞や定動詞第二位の法則やらさらにはこのSICHやら、本来セットになっているものを無理くり引きはがすような語順が多いです。どうしてドイツ語ってこうなんでしょうか?