本当は怖い語源の話 ~ slave(奴隷) [その8]

 

さてSCLAVUSは「中世」ラテン語なので、これはローマ帝国は、コンスタンチノープルを首都とする東ローマ帝国のことかと推測します。東ローマの方がスラブ圏内に近いですし。ではカエサルが活躍していたローマ帝国時代のラテン語では奴隷はどういっていたのかというと、servusです(研究社:羅和辞典)。

これは動詞servio(仕える、奉仕する)から来た言葉です。つまりservusは仕える者、奉仕する者、転じて「奴隷」となりました。このservioは英語のserveの語源でもあります。現代ではserveする人といえば接客従業員などを指します。ローマ時代はそれを奴隷と呼んでいたというとゆゆしきことのように思えますが、しかしこれは「奴隷」という漢字に引きずられた印象でしょう。servusとは単に「仕える者」というぐらいの意味のはずです。たとえば「神に仕える者、神の僕(しもべ)」というときの僕もやはり、servusですから

ラテン語には奴隷を表すもう一つの言い方があって、それはmancipiumです(研究社:羅和辞典)。 mancipiumはおそらく「手(mano)でつかんだもの(cipium)」ぐらいの意味と思われます。もとの意味は単なる「売買」「取得」。財産譲渡の正規方式として証人の前で物を手でつかむことに由来しています。それが転じて「所有物」という意味になり、転じて「奴隷」となったようです。

 

本当は怖い語源の話 ~ slave(奴隷) [その7]

 

注目すべきはルーマニア語です。現代ルーマニア語では奴隷はsclavですが、古ルーマニア語でruman(ルマン、「ローマ人」)と言っていました。

これを知ったときは、え?と思いました。ルーマニアという国名は「ローマ」に由来しています。ルーマニア語ラテン語の子孫です。そんなルーマニアでなぜ、「ローマ人」が奴隷の意味を表すのか。

これはルーマニアが言語的にはローマ人のラテン語の子孫だけれど、地理的には、ブルガリアウクライナセルビアなどスラブ諸国に囲まれているスラヴ圏内の国であること、また宗教的にもローマカトリックではなく、スラブ系のギリシア正教の影響のが強いという、ややこしい状況にあったからです。

実際、ルーマニア語には「iubi(愛する)」「prieten(友人)」など基本単語でもスラブ系の言語が多く混入しています。

中世ルーマニアでは、スラブの影響が優勢だったのでしょう。だから、スラヴ人に支配されたローマ人のことを指して、転じて奴隷の意味にしたのでしょう( 現代ルーマニア語では、roman(ロマン)は単にルーマニア人ことです)

なおこのルーマニア(Romania)という「我こそはローマの直系」と誇らんばかりの国名は、1859年にモルドヴァトランシルヴァニア、ワラキアの三国が統一されたときにつけられた名前です。川之江市伊予三島市・土居町・新宮村が合併して四国中央市というたいそうな名前を名乗ったようなものでしょうか。

本当は怖い語源の話 ~ slave(奴隷) [その6]

これらの奴隷に相当する単語はGoogle翻訳で調べたものですが、やや信憑性に欠ける訳もあります。たとえばGoogle翻訳では、ロシア語では奴隷はведомаяと出てきますが、ведомаяはあえて日本語に訳すれば「従属した」です(”従える”を示すвестиの被動形動詞現在)。これは技術用語のmaster-slave(主と従。http://urx.blue/xqSQ )の訳としては正解ですが(Ведущее и ведомее)、人間の奴隷を表すときには、рабаです。ということはウクライナ語やベラルーシ語のведена、ведзенаяも話半分に聞いておいた方がよいですね。

本当は怖い語源の話 ~ slave(奴隷) [その5]


他の欧州言語では次のとおりです。

- エストニア語:ori
- ギリシャ語:δούλος(ドゥロス)
- ハンガリー語:rabszolga
- フィンランド語:orja
- ラトビア語:vergs
- リトアニア語:vergas

本当は怖い語源の話 ~ slave(奴隷) [その4]

一方、スラブ諸語では、次のとおりです。

- ロシア語:раба、ведомая(※)
- ウクライナ語:ведена(ヴェデナ)
- チェコ語:otrok
- スロバキア語:otorok
- クロアチア語:rob
- セルビア語:роб(ロプ)
- ブルガリア語:роб(ロプ)
- ベラルーシ語:ведзеная(ヴェドゼナヤ)
- スロベニア語:Slave
- マケドニア語:Славе
- ポーランド語:niewolnik

ロシア語のраба(ラーバ)は、古スラブ語のorb(孤児)から来ています。さらに大元はギリシャ語のorphanosで、これはorphan(孤児)という英語になりました。 (※. Russian Etymological Dictionary)

セルビア語、ブルガリア語のробはロシア語と同じようにorbから来ているのか、それとも労働(work)を表す語感、раб- から来ているのかは不明です。ちなみに人の命令で奉仕するという意味では奴隷といえなくもないロボット(robot)は、チェコの作家、チャペックがраб-(rob)から作った造語です。

スラブ言語の中で注目すべきはスロベニアマケドニアで、いずれもSlaveとСлаве(スラヴェ)。スロベニアなどは国名にスラブを冠しているにも関わらず、奴隷のことをSlaveと呼んで、おい、それでいいのかと言いたくなります。

本当は怖い語源の話 ~ slave(奴隷) [その3]

ちなみにヨーロッパの他言語では奴隷を表す単語は次のとおりです(※ Google翻訳)。

まず西欧諸語ですが、ぜんぶsclavus,slave系の単語ですね。

- フランス語:esclave
- スペイン語:esclavo
- ドイツ語:Sklave
- イタリア語:schiavo
- ポルトガル語:escravo
- オランダ語:slaaf
- アイスランド語:slave
- ウェールズ語:slave
- スウェーデン語:slav
- デンマーク語:slave
- ノルウェー語:slave
- ルーマニア語:sclav

本当は怖い語源の話 ~ slave(奴隷) [その2]


ところでスラブ(slav, キリル文字ではСЛАВ)とはどういう意味かというと、現地語で「栄光」を意味します。「神よ栄光あれ、Thank God」は、СЛАВА богу(スラヴァ・ボグー)」といいます。プーチン大統領の就任式では、「栄光あれ -СЛАВЬСЯ(スラーヴィシャ)」という音楽が使われました。http://nicosound.anyap.info/sound/nm6257922。スラヴ語圏内では、スラヴとは英語のgloryに相当する、たいへん良い言葉です。それがラテン語、英語では「奴隷」の意味になっているとは…。